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期末試験の結果が出ました!卒業確定!よかったです~


帰国後、ヨーロッパ留学を果たしてきた友達との価値観の違いや、中国モードで価値観がなかなか元の日本モードに戻らない状態で就職活動へ突入、そして就職が終わった後は必修の単位を取得して卒業すべき猛勉強の日々。まあ最後まで必修単位を残しておいたのは自業自得なのですが。

別にもともとそういうつもりだった訳ではなかったのですが、今回の中国旅行は私の中での中国留学にとりあえず終止符を打つみたいな形になりました。


帰国前にお礼を言って、会いたかった友達に何も言わずに帰ってきてしまった一昨年の夏。大失恋の結果悔いの残る最後になった留学でした。自業自得なんですが、そんな訳で私はどうやらずっと中国を引きずっていたようです。

今回の旅行の目的は留学時代に過ごした懐かしい友達や町並み、あのご飯を食べることとしていました。南京時代にお世話になった中国人や留学生の友達に片っ端から連絡を入れ、二週間の滞在期間に数十人に会ってきました。毎日違う友達と懐かしい食堂や屋台を食べ歩き、あまった時間は大学構内をぶらぶらするという日々を過ごしました。

南京の街を歩けば昔の自分が目の前を歩いているようで、街角の小店で買い物をした日々が懐かしく、胸がいっぱいになりました。でもしばらく過ごしているうちに、町並みがだいぶ変わっていること、そしてそこにはその当時一緒に悩み、わんわん泣いてみた仲間や、毎晩夜遅くまで将来について、恋について、映画を見たり宿題をしたりしながら過ごした仲間はいないんだという実感が沸いてきて、急に寂しくなりました。南京がまるで知らない町のように感じてきて、誰とも共有できない思いに苦しみました。

そして、連絡の取れた友達に会って変化を感じました。

当時の先生は、別の仕事に転職していたり、学生だった友人は中国語の先生になっていたり、元気いっぱいだった友達が入院していたり。会話パートナーのお家を訪れた時は、私が外国人だと知っていながらがんがん中国語で話しかけてくる4歳児を見て、前あったときはまだ話が出来なかったのになと時間が経ったことを実感させられました。

みんなそれぞれの道を一生懸命生きているのだなと思いました。なんだ、私の中の南京が勝手にとまっていただけで、南京も今の南京を一生懸命生きているんだなと思いましたね。

そんな訳でブルーになっていた気持ちも帰国前にはしっかり新しい南京が私の中で更新されて昔の引きずっていた中国を無事整理整頓することが出来ました。ひきずっていたものから開放されただけでなく、成長した友人に会えた事で、今後も二、三年に一度は南京を訪れてお互いにお互いの成長を分ち合えたらいいなと、とてもワクワクする気持ちになることが出来ました。みんなにもそれぞれ日本のお土産を渡せたし、こういう行き来がずっとこれからも続けられるよう、中国語を頑張らないと!と思うばかりです。

さあ、3月は今度はヨーロッパへ飛びます。こちらは小学生時代に過ごしたベルギーとドイツでの思い出整理整頓の旅です。なにしろ10年以上会って無い友人に会ってくるので、かなり緊張しますが、今のうちに生理整頓して、しっかり前をむいて歩いていきたいなと思います。

さあ前をむいて歩く第一歩として奨学金返済!!!
今の出版社でのコピー&ペーストのアルバイトは正直言って工夫のしようも無いし、会話もしないので全然楽しく無いですが、家から近いから親孝行だし!お金になるので最後まで頑張るぞ~!!

ちなみに秋田を慌しく出てきてしまったので、秋田の友達にはぜんぜん挨拶も出来なかったのですが、実はこれはあえて整理しないでおこうという作戦です。2月に戻ってくるからねという適当なことを言って、お別れ会を片っ端から拒否しましたが、それは心にひっかかる状態である方がまた戻ってくる理由にもなるし、秋田はまだまだ今後も人生の中でおおきな一部として出入りする場所になるような気がするので、お別れの挨拶をする必要も無いかなという思いであえてそっけなく出てきました。

すでに秋田シックな私。あーあれだけ雪国はもう嫌とか言っていた私は何なんだ。笑
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2013.11.18 情け無いなあ
自分の悪い癖だなと思うところがあります。

自分の中の相手像がガラガラと壊れることが多々あります。かってにその人の一面だけを見て、その人を判断しがちなところがあります。だから予想外に良い人なのに、勝手に冷たくあしらっていたり、逆に理想的だと思っていた人に裏切られて凹んだりします。

自分のこういうところって、相手からしたらいい迷惑だし、私も勝手に疲れるのでよくないな~と思います。

おかげさまで最近はなんと新しい人と話をするのがめんどくさいなあと思ってしまう始末です。うーん、どうやったら治るんかな~と思いながら過ごしています。

もしかしたら、今の生活に心の余裕が無いからかもしれませんね。まあこの大学もあと一ヶ月です。悔いの無いように頑張ります。
2012.12.17 後悔
自分の進んできた道を後悔なんてしたことない。

こうはっきり胸を張っていえる人はすごいなって思います。
それは正しい選択肢を選んできたからではなく、今をプラスに捉える力を持っていると思うからです。
それはたぶん失敗も成功もあったけど総じて今をプラスといえるくらいそのプラスは大きいんだろうなって思うのです。

たぶんその人は自分の手に入れたものにちゃんと目を向けられる人なんだと思うのです。今自分の周りにある幸せに目を向けることが出来る人です。小さな成功に幸せを感じられる人です。

そういう切り替えが出来ればいいのになって思う時があります。

2012.12.04 理不尽
「日中関係」という授業を履修しています。

私のグループプレゼンのテーマは「南京事件」でした。

南京で1年間生活して、中国人とともに生活してきた自分は、少なくても南京大虐殺は「無かった」とは思っていなくて、正確なことはとにかく判別できないけど、被害者が存在する時点で規模の大小に関わらず何か悲惨な戦いが「あった」ことは事実だろうと思っていました。

留学中は個人的にプライベートで被害者の方々の家庭を訪問しましたが、自分でアパートを借りている方。家族と一緒に新築の御家に住んでいらっしゃる方。老人ホームみたいなところで他のじじばばとともにマージャンをやってらしたところを突撃なんてこともありました。

「久しぶり~元気にしてた?最近ますます目が悪くなって、年取るって恐いわ~」みたいなたわいもない話を中国語で繰り広げるのですが、私が日本からやってきた若者だと分かると、少し話してあげようかなって感じで過去の体験を話してくださった方もいらっしゃいました。

夏休みは農村へ聞き取り調査へ同行しました。そこで出てきたおばあちゃんは手をわなわなさせながら昔の話を語ってくれました。

そういう体験から私自身は何かとんでもないことがあったとずっと思ってきたわけです。

でも、最近「南京事件」をテーマに様々な学者の本を読んだり、その学説のもとになっている資料を見ていると、この論争は決着がつけようがないなという感覚に陥ります。

どっちが正しいとか、どちらの方が苦しんだかとか、そういう無意味な非生産的な論争になってくるのです。しかもさらにこの論争を発端として、そもそもの被害者ではなく、もはや政治的な論争にすりかわっているのです。

日本は敗戦国であったわけで、東京裁判が敗戦国に不利な結果に終わるのは当たり前です。負けたつけを日本は戦犯の処刑で払わされたわけです。でも、それと南京で苦しんでいた市民を全否定することはまた違うと思うのです。そして、南京市民を当時苦しめた日本軍が極悪のかたまりで悪魔かというとそうでもないと思うのです。

そういう何が正しかったかとか、誰が傷ついたかという議論は果してどこまで生産的といえるのでしょうか。

最終的には今の日本の未来をどう見据えるかで考え方も分かれるのかなと思います。

民主主義を主張して、理不尽であったことを主張する行為も必要だと思います。そういう正しいと思うことを主張する分子は社会の中で常に必要だと思うのです。でも、それは今現在起こっている理不尽な事件に対して今現在行動を起こすことに意味があるのであって、過去のことに対してどんなに行動しても過去を変えることはできないのですから、過去について主張することは限度があると感じます。

日本の戦争について言えば、その国際社会の認識の理不尽さをいかに追求しても敗戦国である日本には限界があるわけだし、一旦決まってしまった認識を覆すのはかなりの労力と時間も必要です。そこまできたとき私には「そこまで突き詰めて理不尽さを証明する意味」が感じられませんでした。

過去はどんなにつらくても過去なのです。一番必要なのは何が理不尽だったかではなく、今被害をうけている人々に目をむけることなのかなと思います。

うーんまとまらず。。。
最近というか今更なんですが、大学4年生にしてちゃんとしたアルバイトをやっています。

以前舞台裏の搬出搬入なんかはやったことあったのですが、
あれは高校時代の吹奏楽部(私の高校では伝統的に器楽部と言いますが…)
のつながりを通してやってたものでしたし、
仕事の内容も楽器の出し入れや配置を手伝うっていう、
いわば特殊なものでした。

今は写真屋さんで七五三のお客さんをご案内しています。

アルバイトをやってみたのは、
単純に資金源が乏しいというのもありますが、
就職活動を始めないといけない今、
仕事とは「何か」という答えのない疑問にたいする、
それでも答えっぽいものが見つかるかな~と思ったからです。

こんなものソクラテスでも答えられないよって思いますが。笑

本当に思ってたよりも自分は何も出来ない人間なことが発覚しました。

記憶力が悪いうえに、びくびくしていて、
とっさの機転が全然利かないんですね。
一番最悪なのが全然空気がよめないことです。
お客さんが名に考えているのか、
どうやったら判りやすいかさっぱり検討もつかない。

いかに自分が今まで自分主体で空気読まずに生きてきたか分かりました。笑

別に空気を読まないとか、
自分主体なのは生きていくうえで問題ないのですが、
仕事、とくに接客とかの営業する時は、
かなり問題があることが発覚!!
毎日正社員のひとに私のミスをカバーしてもらってます。

でも、ふと最初の問題に戻ります。
自分にとって仕事は何なのか。

うーん。私はやっぱり誰かのために何かをしたいですね。
でもその誰のためかって言うのがまだまだ分からないのです。
だって全地球人類を救えるほど私は崇高でもないですからね。笑

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