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大学生もあと一ヶ月だと思うと、思いついたことを書かずにはいられないゆりでございます。

この秋田のさらにド田舎の大学に、最近チャルメラを鳴らしながらラーメンの移動販売に来る方がいらっしゃいます。なにしろ森以外民家すらない大学の周りをぐるぐるとまわってチャルメラを鳴らしまくるので、課題に集中したい私には少し煩く感じられます。でも本学学生の9割は学校の中に住んでいますので、先方にとっては良い商売なんでしょう。

以前は毎週火曜日の夜8時頃だったのですが、最近ではさらにそれとは別の移動販売ラーメンさんが夜10時頃に必ずやってきます。まさに小腹が減って夜食が欲しくなる時間帯に、学生を狙ってチャルメラでおびき寄せようとしています。いや、実際にたぶん重宝している学生もいるんでしょうね。

その毎晩いらっしゃる移動販売さんに一言申し上げたいのが、チャルメラの音を何とかして欲しい。。。

火曜の方は問題ないんですが、毎晩いらっしゃる方のチャルメラがかなり音が外れていて、今にもし死にそうなチャルメラを流すんですね。雰囲気を出したいんかもしれんけど、正直その音のはずれ具合が、こちらはやっぱり気になって気になってしょうがないので、毎回何とかならないかな~とイライラしてしまいます。

最初の頃は風情があって良いじゃないと思っていましたが、毎晩あれを聞かされると「暇なの!?」と言いたくなりますね。ということで、さっきも例の音痴チャルメラさんがやってきたので、ついつい書いてしまいました。

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2013.11.18 柿が大量!
先日秋田では雪が降りまして、もちろん11月に初雪というのは別に珍しいことでは無いのですが、積雪まではこの辺りでも珍しかったようで、私も秋田に来てから始めての11月積雪でした。

でもまさか11月に積もるとは思っていなかったので、畑はまだ冬仕度を済ませておらず、内心では、

「やばいやばい!サツマイモも収穫して無いし、トマトの支柱も回収して無いし!!ヾ(;´Д`○)ノ」

という状態でした。


幸い先週末は秋晴れの二日間でしたので、一日目は雪溶けと畑がある程度乾くのを待って、二日目に畑の冬支度に行ってきました。何しろ秋田は冬になるとめっきり晴れの日が減り、この週末の様に気持ちい晴れの日は実に一ヶ月に一回程度に減ってしまい、まあ良くて曇りの日、だいたい雪が降っています。そんな貴重な晴れのチャンスはなかなか無いので、今がチャンスと畑に行ってきました。実は、日本海側特有の天気で、聞くところによると秋田だけでなく、島根や新潟も同じような天気みたいです。

さて、畑に着くと、あっちもこっちも冬支度を急げとばかりに畑やら農機具の整備をしに来ていらっしゃる方がいっぱいいました。

「柿いらねがー?」

とお隣の畑のおじさんがやってきて、きれいな実がたくさんなっている柿の木を指差しながらニコニコして私に話しかけてくれました。一つか二つのつもりで少し頂きたいです、言ったのですが。

なんと!成っている柿全部を採っていただいて、さらに隣に生えているもう一本の木の柿もあげるあげるとおっしゃるので、「結構です!結構です!」と言ったのですが、「まずもって帰れ~」と言いながら今度は梯子を持っていらっしゃいました。

「いや~柿の木はね~見た目よりもとても頑丈なのよ。梯子かげでも大丈夫だ。」とおっしゃったのですが、どう見ても梯子の一番上まで登っても実は手の届く位置には無いのです。まさかさらにあの細い枝に乗るのか?!と思い、「危ないので結構です!さっきので十分ですから~ヽ(´Д`;≡;´Д`)ノ」と焦るも、おじさん聞かずに「大丈夫だ~」と言いながら梯子の一番上まで登って、なんと柿がなっている柿の枝をじょっきり切り落としてくださいました!

なるほどその手があったか!と心配した自分がちょっと恥ずかしくなりました。笑

いただいた柿は全部渋柿らしいので皮をむいて、熱湯消毒して干し柿にしたら言いと教えていただきました。人生初の渋柿作りに挑戦します。果して学内アパートなので、柿を干す場所があるか心配ですが、とりあえず川を剥いて熱湯消毒をしてからそれは考えようかな。笑

さあーこの大量の柿の皮むきから始めます。やれやれ。

2013.11.10 通訳の重要性
今日は農家民宿へ行ってきた。留学生の付き添い。

ツアーの内容で思うところは多々ある。が、一番はやはり通訳である。

この手のツアーは有名所や観光名所を回るわけではなく、「交流」が一番の目玉になる。交流ということは意思疎通が出来ないと話にならない。いくら郷土料理が珍しかったり、料理をつくるのが楽しくても、その料理の意味や、自国との違い、気づきなど、お互いの想いや考えをシェアするのがやっぱり一番の魅力であり、そうやって地元の人と話せるのが楽しくてリピートする人が多いんじゃないかなと思う。


通訳なんて正直めんどくさいし、日本に来たなら日本語喋って聞いてこそでしょって言うのもわかる。でも、だからと言って主催者側が開き直っていいのかと言うと違うと思う。

それが少人数ならまだしも、今回は50人規模の大所帯で、バスは移動できないから近くに座った通訳可能な人の力にたよるしかない。

言語が出来ない留学生はかなりの疎外感を感じた様で、アンケート結果にも、話の出来る学生は会話や交流が楽しかったとの意見、そうでない学生は体験や一緒にいた友達との会話が楽しかったとの意見多数という感じでした。

もうちょっとそこに気を使ってもいいんじゃないの?と思った次第でございます〜
留学前に駅の近くでもともと旅館だった御家に下宿していたことがあったんですね。

結構年季の入ってる建物で、歩くと床も階段もみしみし。
玄関には昔はピカピカだっであろうシャンデリアがつるしてあります。

町が秋田市に合併してからお客の入りが少なくなって結局今は旅館業はたたんで、
一階の食堂と、昔っから注文をもらっている役所へのお弁当配達だけの営業です。
食堂へは昔の顔なじみや近所のじじばばが集まります。

当時学内アパートの抽選にもれて、いいとこないか探していたときに、
商工会に行ってこの辺りで下宿できるとこないですか?ときいたところ。

「大将のとこだったら、昔旅館さやっでだがら聞いてみれ」

ということで辿り着いて、お願いして結局私はふるーい旅館に下宿してました。

この旅館を営業していた方が実は板前さんだったんですね。
月に二回、第二土曜日と二十日の日は、
町の昔の顔なじみさんが集まって御寿司を食べるので、
その時は私にもおこぼれがまわってきていました。

最初の頃は顔なじみの叔父さん軍団はみんな私に興味津々で、
「おめどっからきたんだ?」
「あの山の中の大学さいっでんだが?」
「授業はほんどに全部英語なんだが?」
「あそこの前の大学さつぶれるどきよ、おれだいぶ助けたんだべ」
とまあこんな感じで、質問攻めと武勇伝語りの嵐。
答えられる範囲でお答えして、あとはふんふんと話聞いてましたね。

そんな感じで留学までお世話になって、
帰国後は無事学内のアパートに当選したので今は住んでないのですが。

「第二土曜日と二十日は寿司のひだがら、食べにこい」

大将がそうやって電話をしてくれるのです。
ありがたいけど申し訳ないとか思いながら行ってしまいます。

昨日は顔なじみおじさんたちは忘年会だったので、
奥の大広間で宴会をしていた模様で私はひたすら大将と一緒でした。

昨日は大将が学生時代東京に出てきてどんな感じだったか話をしてました。
しかも当時の白黒写真を見せてもらったりして楽しかったです。

秋田にきたら会わせたい私の秋田のお父さん。
「秋田」

私を私として受け入れてくれる場所。
私の話を聞いてくれる、私のアイディアに共感してくれる、
そのまんまーな私を受け入れてくれるそんな場所。
お世話になったお父さんとお母さん、
おじいちゃんとおばあちゃんがいっぱいいる場所。


「中国」

多文化にあふれた喧しい場所。
日本ときってもきれない過去のあるそして未来もあるそんな国。
就職や人間関係で悩んでるそのまんまな私の悩みを、
一生懸命聞いてくれる同世代の親友ができた場所。
意志の強い仲間がいる場所。

そして、家族のいる場所、
自分の帰る場所でありながら、
その土地のことを何も知らない「広島」。


これまで積み上げてきたこの点をどうやったら繋げられるのか。
それともまだ点を繋げるより先に、点を増やすべきなのか。
私はどこへベクトルを向けていけばいいのか。

もうちょっと考えるかな~。
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